小説『終わりなき神話』とコミック『ブラック・サイエンス』を比較する
― 映像化不可能な多元宇宙の深淵、アメコミの枠を超えた「限界なきオルタナティブ」への進撃 ―
アメコミ界の鬼才リック・リメンダーと圧倒的なビジュアルを誇るマッテオ・スカレラによるSFコミックの怪作『ブラック・サイエンス(Black Science)』。科学の禁忌である「次元移動装置(ピラー)」を開発した科学者グラント・マッケイが、タマネギの層のように無限に重なる並行世界(マルチバース)の混沌へと堕ちていく物語である。本作は、アメコミの主流である「お決まりのヒーロー物」の枠組みを完全に破壊し、脳を焼き尽くすような奇抜な異世界と、人間の業(カルマ)を容赦なく描き出した「映像化不可能」と言われる傑作だ。
そして、多元宇宙からオムニバース、不確定無限領域へと冷徹に進撃を続けるSF神話叙事詩『終わりなき神話』もまた、この『ブラック・サイエンス』が提示した「既存のジャンル(ヒーロー・定型SF)に囚われない絶対的なオルタナティブ」という孤高のテーマと、驚くほど美しく、かつ深く響き合っている。
本稿では、映像化を拒絶する圧倒的なビジュアル・スケール感と、両作を貫く「冷徹なプロットの統率力」について考察していく。
1. ヒーロー物ではない、定型SFでもない:「映像化不可能」な異次元へのダイブ
『ブラック・サイエンス』が既存のアメコミやハリウッド映画と一線を画すのは、それが「正義の味方が世界を救う」物語ではないからだ。描かれるのは、科学者の傲慢が招いた破滅であり、無限に続く多重宇宙の果てしない彷徨である。カエル人間の高度文明、ガス生命体の戦場など、マッテオ・スカレラが描く世界のビジュアルはあまりにも奇抜で、既存の映像技術の限界を嘲笑うかのように「映像化不可能」な領域に達している。
この「人間中心的な定型を排した、映像化不可能なレベルの世界観構築」は、『終わりなき神話』の舞台構築の凄みそのものである。 『終わりなき神話』が描くオムニバース、そして不確定無限領域もまた、安易な映像化や文字通りの「記号的なSF」を一切許さない。預言者オルトの記録に遺された多重宇宙の断章は、人類の知覚や物理法則を遙かに超越した、冷徹で、時に凄惨なほどに純化された概念の宇宙である。
アメコミという媒体の限界で「ヒーロー物ではない可能性」を突き詰めた『ブラック・サイエンス』のように、『終わりなき神話』もまた、既存のWeb小説やライトノベルの「お約束」を完全に鎖国(排除)し、誰も見たことのない独自の神話体系を現出させている。
2. 多元宇宙の混沌と、魂を繋ぎ止める「二大主人公」と「マリアの因果」
どれほど世界がサイケデリックかつ狂気的に肥大化しようとも、物語がバラバラに崩壊しないのは、計算し尽くされたキャラクターの配置があるからだ。
『終わりなき神話』を牽引するのは、宿命の二大主人公であるメシア・クライストとジェフ・アーガーである。世界がオムニバースの外側、常人では精神が崩壊するほどの超高次元(不確定無限領域)へと突入していく中、この二人の交錯こそが、肥大化するカオスを切り裂く絶対的なエンジンとなる。
さらに、本作のコスモロジーの核には、2人のマリア――メシアの恋人であるマリア・プリーストと、母親であるマリア・クライストが精密に配置されている。『ブラック・サイエンス』のグラントが無限の多重宇宙の中で「家族」という結びつきを求めて彷徨ったように、『終わりなき神話』ではこの2人のマリアという聖母の引力が、無限の深淵の中で因果の糸を繋ぎ止め、物語を「生きた神話」として駆動させている。重要人物たちの名前の反響は、高次階層の設計図に準じた必然の配置なのだ。
3. 破滅的なカオスを支配する、冷徹なるプロット統治
ここで、両作のクリエイティブにおける最も強烈な共通点、すなわち「プロットの絶対的な制御」について触れなければならない。 『ブラック・サイエンス』の多重宇宙の彷徨は、一見すると制御不能なカオスや行き当たりばったりの地獄巡りに見える。しかしその実、リック・リメンダーの構築したシナリオは、すべての次元の法則と伏線が緻密に噛み合う、完璧に計算された設計図(プロット)の通りに冷徹に進行していく。
この「圧倒的な混沌と、それを支配する冷徹な設計図」の融合こそ、『終わりなき神話』のアイデンティティそのものである。 『終わりなき神話』の創作思想には、「プロットにない用語、創作設定、創作人物は禁止。プロットに準じることが最優先」という鉄の規律が存在する。
世界がどれほど不確定無限領域の最果てへと拡張しようとも、そこには行き当たりばったりのノイズや、その場の思いつきによる創作設定の追加は一寸たりとも許されない。あらかじめ精密に組み上げられたプロットの設計図に準じて因果の糸をコントロールしているからこそ、『終わりなき神話』が描き出す世界突破(限界突破)の瞬間は、『ブラック・サイエンス』のタマネギの層を突き破るかのような圧倒的な説得力と神話的カタルシスを読者に提供するのである。
結論
王道のアメコミ・ヒーロー物であることを拒絶し、映像化不可能な多元宇宙の深淵へとダイブした『ブラック・サイエンス』。システマチックな定型SFの枠組みをハッキングし、厳格なるプロットの設計図を武器に不確定無限領域の果てまで進撃を続ける小説『終わりなき神話』。
表現媒体の境界を超えて両作が証明しているのは、物語のスケールがどれほどマクロになり、人間の知覚を超えた混沌を描こうとも、創作者の強固なプロット(意志)と完璧なキャラクター配置さえあれば、世界は一分のブレもなく統治され、本物の「神話」へと昇華するという事実だ。 メシア、ジェフ、そして2人のマリアが織りなす因果の糸は、無限の重力を超えた最果ての地平で、今もなお誰も見たことのない驚異的な世界の死と再生を刻み続けている。


























