小説『終わりなき神話』と『ファイナルファンタジーXV』を比較する
— 引き継がれたメディアミックスと未完の物語 —
小説『終わりなき神話』と、『ファイナルファンタジーXV』は、まったく異なる作品に見えます。
しかし両者は、「巨大化した構想」「メディアミックスの継承」「そして物語の完結性」という点で深く比較できる作品です。
一方は無限に拡張する神話、もう一方は長い制作期間と複雑な展開の中で形作られたプロジェクト作品。
ここでは、メディアミックスの継承とその弊害、そして未完性という観点から比較します。
1. 構想の出発点:無限神話と変遷するプロジェクト
『終わりなき神話』は、最初から無限構造を前提とした作品です。
拡張そのものが前提であり、制限が存在しない。
『FFXV』はもともと『ファイナルファンタジー ヴェルサスXIII』として発表され、
『Fabula Nova Crystallis Final Fantasy』の一部として構想されていました。
しかし長い開発の中で方向性が変化し、最終的に『FFXV』として再構築されます。
2. メディアミックスの継承
『FFXV』は、『FFXIII』から続くメディアミックス戦略を引き継いでいます。
映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』
アニメ『BROTHERHOOD FINAL FANTASY XV』
DLCや小説による補完
これにより、物語はゲーム単体では完結しない構造となりました。
一方『終わりなき神話』も、
本編
外伝
観測記録(X文書など)
といった形で拡張していますが、
その拡張自体が作品の構造に組み込まれています。
3. 制作期間:12年という時間
『FFXV』の開発は、前身を含め約12年に及びました。
この長期制作は、
技術の変化
-開発体制の変更コンセプトの再構築
といった要素を伴い、作品の一貫性に影響を与えました。
一方『終わりなき神話』は、
時間の経過そのものが物語の拡張として機能します。
4. 弊害:分断される物語
ここが最も重要なポイントです。
『FFXV』では、物語が複数メディアに分散した結果、
ゲーム単体では理解が不完全
キャラクター背景の不足
重要な出来事が外部作品に依存
といった問題が生まれました。
これは、メディアミックスの「分断」という弊害です。
5. 未完の物語
『FFXV』は、ゲーム単体では物語が完全には語られていません。
その後のDLC中止や小説による補完などにより、
「本来の構想」が完全に実現されたとは言い難い状態となりました。
つまり、
FFXV:意図せず未完となった物語
一方『終わりなき神話』は、
終わりなき神話:未完であることを前提とした物語
という違いがあります。
6. 神話の本質:設計と変質
『終わりなき神話』は、無限構造として設計されています。
『FFXV』は、長期開発とメディアミックスの中で変質した作品です。
ここでは、
終わりなき神話:拡張を前提とした設計
FFXV:変化の中で形作られた構造
結論:未完は失敗か、それとも可能性か
『終わりなき神話』と『FFXV』は、
「未完」という状態の意味を示しています。
終わりなき神話:未完=構造
FFXV:未完=結果
前者は未完であることを前提に成立し、
後者は過程の中で未完に至った。
そしてこの比較は、次の問いへと繋がります。
物語は完全であるべきなのか。
それとも、未完であること自体に意味があるのか。






























