終わりなき神話』とTRPGを比較考察|物語が終わらない構造と「語られ続ける世界
PG(テーブルトークRPG)という検索ニーズを想定しつつ、『終わりなき神話』の思想性が終わりなき神話』とTRPGを比較考察|物語が終わらない構造と「語られ続ける世界」
小説『終わりなき神話』と**TRPG(テーブルトークRPG)**は、形式も目的も異なります。しかし両者には明確な共通点があります。それは、物語が完結することを前提としていないメディアであるという点です。
本記事では、『終わりなき神話』とTRPGを比較し、「世界観」「物語構造」「プレイヤー/登場人物の自由意志」という観点から、その共通点と決定的な違いを考察します。
世界観の成り立ち:固定される神話と拡張される設定
『終わりなき神話』の世界は、神話と信仰によって固定された構造を持っています。神話は過去の伝承ではなく、世界を成立させる制度であり、人々はその意味の内側で生きることを強いられます。世界観は更新されますが、その更新は神話を壊さない範囲に限定されています。
一方TRPGの世界観は、拡張され続ける設定です。ルールブックに記された世界はあくまで土台であり、セッションを重ねるごとに物語と設定が積み重ねられていきます。世界は壊れても構わず、必要であれば書き換えられます。
物語が終わらない理由
『終わりなき神話』が終われない理由は、神話が終わることを許されないからです。神話の終焉は、世界の意味と秩序の崩壊を意味します。物語は完結ではなく、循環と再解釈によって存続します。
TRPGが終わらない理由は、物語を語る主体が常に存在するからです。プレイヤーとゲームマスターがいる限り、物語はいくらでも続けられます。終わりは世界の崩壊ではなく、単なる区切りにすぎません。
主人公とプレイヤーの自由意志
『終わりなき神話』の主人公メシアは、選ばれた存在でありながら自由を制限された人物です。選ばれた瞬間から、彼の行動は神話的役割に規定されます。選択は存在しますが、神話の外へ出ることはできません。
TRPGにおけるプレイヤーキャラクターは、原則として自由意志の塊です。物語はプレイヤーの選択によって予測不能に変化します。ルールは制約であると同時に、自由を成立させる枠組みです。
語り手の存在:作者とゲームマスター
『終わりなき神話』では、物語の語り手は作者であり、神話の構造は意図的に設計されています。読者は神話の外側から、その閉鎖性を観測します。
TRPGでは、ゲームマスターが語り手でありながら、世界の絶対的支配者ではありません。物語はプレイヤーとの共同作業によって成立します。神話は一方的に押し付けられるものではなく、合意によって生成されます。
思想性の違い
『終わりなき神話』が問いかけるのは、
なぜ人は物語を必要とするのか
神話は自由を奪うのか
意味に縛られることは救いなのか
という内省的なテーマです。
TRPGが提示するのは、
選択の結果を引き受けること
物語を共同で作る楽しさ
世界を壊す自由と責任
といった、体験型の思想です。
まとめ:終わらない物語の二つの形
『終わりなき神話』とTRPGは、どちらも終わりを持たない物語ですが、
終われない物語
終わる必要のない物語
という決定的な違いがあります。
一方は神話が人を縛り、もう一方は人が物語を動かします。
この対比は、「物語とは誰のものか」「自由意志とは何か」という問いを、異なる角度から浮かび上がらせます。
