『終わりなき神話』と『スタートレック』を比較考察|神話と理性が描く未来のかたち
小説『終わりなき神話』と、SF史を代表するフランチャイズ**『スタートレック(Star Trek)』**は、ともに壮大なスケールで世界と人間の在り方を描く作品です。一方は神話と信仰を中心に据えた物語、もう一方は科学と理性を基盤とした未来像を描いています。
一見すると正反対の思想に見えますが、両者は「人類は何を信じ、何を拠り所に世界を進めるのか」という共通の問いを内包しています。本記事では、『終わりなき神話』と『スタートレック』を比較し、世界観・人間観・物語構造の違いを考察します。
世界観の違い:神話に支配される世界と理性によって拡張される宇宙
『終わりなき神話』の世界は、神話と信仰が秩序そのものとして機能する閉じた構造を持っています。神は語られることで存在し、神話が維持される限り世界は安定します。意味は人々を救いますが、同時に縛りにもなります。
一方『スタートレック』の宇宙は、科学と探究によって広がる開かれた世界です。未知は神秘ではなく、理解すべき対象として扱われます。ワープ航法や異星文明との接触は、人類が理性によって限界を越えていく象徴です。
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終わりなき神話:意味によって閉じる世界
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スタートレック:理性によって拡張される宇宙
物語が続く理由の違い
『終わりなき神話』が終われない理由は、神話が失われれば世界の意味が崩壊するからです。物語は語り直されることで延命され、終わりそのものが拒否されます。
『スタートレック』が長く続いてきた理由は、探究が終わらないからです。宇宙には常に未知があり、新しい文明や倫理的課題が生まれ続けます。物語は終焉ではなく、前進によって継続します。
主人公像と人間観の対比
『終わりなき神話』の主人公メシアは、選ばれた象徴として消費される存在です。個人の意思よりも、神話的役割が優先されます。
対して『スタートレック』の主人公たち(カーク、ピカード、シスコなど)は、象徴ではなく判断者です。彼らは運命に選ばれるのではなく、状況ごとに選択し、責任を引き受けます。
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メシア:意味を背負わされる存在
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スタートレックの艦長たち:選択する存在
神と超越の描かれ方
『終わりなき神話』における神は、世界構造の内側に組み込まれた存在です。信仰が神を成立させ、神が世界を規定します。
『スタートレック』にも神のような存在(Qや高次生命体)は登場しますが、彼らは最終的に理解や対話の対象となります。超越は崇拝ではなく、倫理と知性によって相対化されます。
思想性の違い
『終わりなき神話』が提示する問いは、
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人はなぜ神話を必要とするのか
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意味に縛られる人生は救いか
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信仰は世界を守るのか
という内向きで実存的な問いです。
『スタートレック』が描くのは、
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理性は衝突を乗り越えられるか
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多様性は共存可能か
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進歩は倫理と両立できるか
という未来志向で人道主義的な問いです。
まとめ:信じ続ける世界と、問い続ける宇宙
『終わりなき神話』と『スタートレック』は、
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意味を失えないがゆえに終われない神話
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探究を止めないがゆえに終わらない未来
という異なる「終わらなさ」を描いています。
前者は物語を信じ続けることで世界を保ち、後者は問い続けることで未来を切り拓きます。この対比は、人類が世界を支えるために選びうる二つの態度を明確に示しています。
神話か、理性か。
信仰か、探究か。
そのどちらも、人間が不確かな世界を生き抜くために生み出した、終わることのない物語なのです。

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